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山口地方裁判所宇部支部 昭和37年(ワ)72号 判決 1968年2月16日

原告 枝広節夫

右訴訟代理人弁護士 上野義清

右訴訟復代理人弁護士 大本利一

被告 合名会社常盤薬房

右共同代表者社員 枝広省三

同 枝広圭介

右訴訟代理人弁護士 広沢道彦

同 稲光一夫

主文

本件訴の中被告会社が昭和三三年四月七日開催した社員総会の決議が不存在であることの確認を求める部分及び被告会社に対し昭和三三年四月一一日山口地方法務局宇部支局でなした登記の抹消登記手続を求める部分をいずれも却下する。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告会社が昭和三三年四月七日開催した社員総会の決議の不存在であることを確認する。被告会社は、昭和三三年四月一一日山口地方法務局宇部支局でなした後記登記の抹消登記手続をせよ(登記の表示一、会社継続を決議したが無限責任社員枝広節夫、有限責任社員平田義人、大田二郎、平田静子はこれに同意しないので、昭和参拾参年四月七日退社した。同日存立の時期を左の通り変更した。存立の時期 昭和参拾参年四月七日より満弐拾ヶ年)。原告と被告会社間の山口地方法務局所属公証人森本盛衛作成昭和三四年第二一六五号和解契約公正証書の無効であることを確認する。被告会社は、宇部市常盤町二丁目一番二宅地四九坪三合につき山口地方法務局宇部支局昭和三四年一二月八日受付第七八二七号をもって同年同月一日付売買に基き被告会社のためなされた所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。」との判決を求め、その請求原因及び抗弁に対する答弁等として次のとおり陳述した。

一、原告は、昭和二二年一一月一日以来被告会社(当時合資会社常盤薬房、その後組織を変更して合名会社常盤薬房となり、昭和四〇年六月三〇日その旨の登記をなした)の唯一の無限責任社員であり、原告の異母弟訴外枝広省三、同枝広圭介、原告の叔母であり継母である訴外枝広ヨシコ、原告の妹婿訴外小寺清は、いずれも被告会社の有限責任社員であった。

二、右訴外省三等四名は、原告及び被告会社の他の有限責任社員であった訴外平田義人、同大田二郎、同平田静子を被告会社から排除してこれを独占しようと考え、会社継続について社員総会を開かず且つ原告及び訴外平田等三名の被告会社継続に関する意見を確かめないにも拘らず、昭和三三年四月七日訴外圭介方において他の有限責任社員若干名と会合し、同所で会社の継続とその存続期間を定め、同時に原告及び前記訴外平田等三名の退社と、訴外省三、同圭介及び同ヨシコを無限責任社員とする旨を決議した上、同月一一日付をもって「会社継続を決議したが無限責任社員枝広節夫、有限責任社員平田義人、大田二郎、平田静子はこれに同意しないので、昭和参拾参年四月七日退社した 同日存立の時を左の通り変更した 存立の時期 昭和参拾参年四月七日より満弐拾ヶ年」なる旨の登記をなした。

三、しかしながら、被告会社の無限責任社員は原告唯一人であり、したがって被告会社の社員総会の招集権者は原告であるところ、右社員総会は、招集権を有しない訴外省三等が原告の意思に反してほしいままに総会の日時、場所及び議案を定め、しかも原告の名において招集したものであり、且つ訴外平田義人、大田二郎、平田静子等一部の有限責任社員に対しては何等の通知もなく、同人等を殊更に除外して開いた任意の会合であるから、適法な招集手続を践んだものとはいい難く、また被告会社の経営に関与する権限を有しない訴外省三等が任意に司会したものであって総会主宰権を有する原告の関与しないものであるから、適法な議事手続に則りなされたものともいい難い。したがって右社員総会は、被告会社の社員総会ではなく、また右総会においてなされた決議は、被告会社の社員総会の決議というを得ないから、右社員総会の決議は不存在であるといわなければならない。

四、右のようにして被告会社継続の決議は不存在もしくは少なくとも無効であるから、被告会社が解散前の会社として復活することはなく、又原告及び有限責任社員平田義人外二名が会社継続に不同意の故をもって退社したという法律効果を生ずることもなく、依然として原告が清算人として被告会社の代表者であり、訴外省三等三人は単なる有限責任社員である。

よって被告会社が昭和三三年四月一一日なした前記登記は、その実体と符号しないものであるから、被告会社はこれを抹消すべき義務がある。

五、被告会社は、仮りに右決議に瑕疵があるとしても、昭和三四年一二月二日原告と被告会社との間において成立した和解契約により異議権を放棄して右決議を追認し、翌三日その旨の公正証書を作成したと主張するが、後に主張するように右和解契約ないし公正証書そのものが無効であるから被告会社の右主張は失当である。仮りに右和解契約ないし公正証書が有効であるとしても、決議としての存在を認めるに由ない継続決議が、同決議後約一年八ヶ月を経過した昭和三四年一二月三日原告がこれを追認する和解契約公正証書を被告会社との間で作成したからといって、不存在の継続決議は、これを追認することを得ず、仮りに追認したとしても、不存在の継続決議が原告の追認によって有効に存在することになるとは考え得られない。

六、前記第三項において主張したように、前記社員総会は、不存在もしくは無効であるから、原告は、昭和三三年一〇月一〇日被告会社を相手方として右社員総会決議無効確認の訴訟を山口地方裁判所宇部支部に提起した。ところが訴外小寺は、被告会社及び原告が代表取締役をしていた常盤薬品株式会社の経理事務を担当していたことを利用し、訴外省三等と謀り原告を窮地に陥れるため昭和三四年一月分以降の原告が右両会社から受けていた報酬等の支払を停止したので、何らの貯えもなくまた外に何等の収入もない原告は、妻子五人とともに生活に窮する状態となり、且つ訴訟も遅々として進行しなかったので、原告は、憂慮の余り昭和三四年九月頃から強度の神経衰弱にかかり、医療を受けたが容易に回復せず、前途を悲観して自殺を思うようになり、正常な思慮の働きが出来かねるような状態になった。訴外小寺、同省三、同圭介、同ヨシコ等は、これを奇貨とし、親戚にあたる訴外白川勝郎、神野茂等を介して原告に対し、被告会社及び常盤薬品株式会社から手を引き一切の権利を放棄するならば、同会社及び関連会社の原告の持株を買取り、相当の代償を支払う旨を申し入れたので、前述のような窮状にあり、且つ正常の思慮を欠いていた原告はこれを信じ、一応承諾した。

七、その結果、昭和三四年一二月三日山口地方法務局所属公証人森本盛衛方において、原告がその所有の株式会社山口薬品商会の株券一、五〇〇株を訴外圭介に代金一〇万円で、常盤化学薬品株式会社の株券一、〇〇〇株を訴外小寺に代金一〇万円で、株式会社常盤薬局の株券四、〇〇〇株を訴外省三に代金二六〇万円でそれぞれ譲渡する旨の公正証書が各別に作成された外、被告会社との間で次のような内容の同公証人作成昭和三四年第二、一六五号和解契約公正証書(以下単に本件公正証書という)が作成された。

第壱条 合資会社常盤薬房(以下甲という)と枝広節夫(以下乙という)との間において左の通り和解契約を締結した

壱 乙は昭和参拾参年四月七日付会社継続の社員総会の決議を承認して退社しその持分の払戻しを受ける権利を放棄すること

弐 乙は甲を相手として提起し山口地方裁判所宇部支部に係属中の昭和三三年(ワ)第九四号社員総会無効確認訴訟を速かに取下げること

参 乙はその名義である宇部市常盤町弐丁目壱番地の宅地四十九坪参合を甲に無償譲渡しこれに附帯する一切の請求権を放棄すること

四 前項に関し山口地方裁判所宇部支部に係属中の土地明渡請求の訴訟は速かに取下げること

第弐条 甲は前条の代償として昭和三十四年十二月末日迄に金百万円を現金で乙に支払うものとする

第参条 乙は爾今甲と一切関係のないことを確認し甲に対し不利益な行為は一切なさないこと

八、しかしながら本件公正証書は、次のような理由によって無効である。

(一)  前記第六項に記載のとおり当時精神活動が充分でなく且つ生活にも窮していた原告は、親戚の者等の言を信じてその申出を一応承諾し、本件公正証書の作成については外に何らの決定もなく前記公証人宅に会合し、訴外小寺の口述も充分に聞き取り得ず、また公証人の朗読も充分了解しないまま、原告としては単に代償金一〇〇万円で被告会社に対する持分権を放棄するものとのみ信じて形式的にこれを承諾し、署名したものである。右公正証書において原告から被告会社に無償で譲渡することと定められた土地は、当時の価額にして坪当り金八万円計金四〇〇万円の価値があり、これを無償で譲渡する等のことは、原告の夢想だにしなかったところであるから、右公正証書による契約は、要素の錯誤があったので当然その全部が無効である。

(二)  仮りに原告が本件公正証書の右条項につき認識を有していたとしても、当時原告は、前記のように窮迫した生計の不安と強度の神経衰弱のため和解契約をなすにつきその利害得失を判断する能力を欠いた状態にあったから、この点からしても当然無効といわなければならない。

(三)  なお仮りにそうでないとしても、本件公正証書は、訴外省三を被告会社の代表者として原告との間で作成されたものであるところ、右契約締結当時被告会社の真正な代表者が原告であったことは前記のとおりであり、訴外省三には被告会社を代表する何等の資格もなく、したがって代表資格のない者を代表者としてなされた前記公正証書による和解契約は無効である。そして更に進んでいえば、右和解契約当時原告は、被告会社の代表者であったから、右和解契約が原告の自己取引であることは疑なく、したがって他の社員過半数の同意を得た上、原告が被告会社を代表して自己と契約を締結するを要する。しかるに原告が右和解契約締結について他の社員の同意を得たことはなく、自己が会社を代表して自己と和解契約を締結した事実もない。尤も右契約当時訴外省三は、訴外圭介及びヨシコとともに登記簿上被告会社の無限責任社員であるが、それは、登記簿の記載においてそうであるというに止まり、訴外省三等が無限責任社員でなかったことは、同人等が無限責任社員として適法に被告会社の総社員の同意を得た事実がないことにより疑を容れない。

九、しかして本件公正証書によって被告会社に譲渡された土地について、昭和三四年一二月八日受付山口地方法務局宇部支局第七八二七号をもって同年同月一日売買による原告から被告会社に対する所有権移転登記がなされているが、前記のように右公正証書による和解契約は無効であるから、右登記は実体関係に符合しない無効のものというべく、被告会社は、これを抹消すべき義務がある。

一〇、よって原告は、被告会社に対し、被告会社が昭和三三年四月七日開催した社員総会の決議の不存在であることの確認、被告会社が昭和三三年四月一一日山口地方法務局宇部支局でなした被告会社の継続に関する前記登記の抹消、本件公正証書の無効であることの確認及び前記原告所有の土地につき被告会社のためになされた所有権移転登記の抹消を求める。

被告会社訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求め、答弁及び抗弁として次のとおり述べた。

一、請求原因第一項の事実、第二項中原告主張の日時訴外圭介方において原告主張の社員が会合し、その主張のような決議がなされ、その主張のような登記がなされたこと、第三項中訴外省三等が原告の意に反して日時、場所及び議案を定め、原告の名において原告主張の総会を招集したものであること、第六項中原告が主張のような訴を提起したこと、第七項中主張のような公正証書が各当事者間において作成されたこと及び第八項中右公正証書が訴外省三を被告会社の代表者として作成されたものであることは認めるが、その余の事実及び右公正証書が原告の主張するような理由によって無効であることは争う。

二、被告会社が昭和三三年四月七日に開催した社員総会においてなした決議は、次のようにして適法且つ有効である。

(一)  被告会社は、昭和九年九月二六日設立され、その存続期間は成立の日から満二〇年と定められていたので、昭和二九年九月二九日法定解散事由を生じた。有限責任社員であった訴外省三等は、無限責任社員であった原告に会社継続の決議を要する旨進言していたが、かねてから会社の経営等について訴外省三等との間に紛争が絶えないような状態であった原告はこれに反対していたので、訴外省三、同圭介及び同小寺は、昭和三三年三月一八日原告に対し最終的に会社継続の決議が必要であることを説明したが、原告がこれを聞き入れなかったので、やむなく同人に対し来る四月七日訴外圭介方において会社継続に関する決議をするための社員総会を開催する旨を伝えた上、他の社員に対しては、電話、口頭等でこれを伝えた。同日の出席者は、訴外省三、同圭介、同ヨシコ、同小寺外二名の合計六名で、原告及び訴外平田義人、同平田静子、同大田二郎を除くその余の有限責任社員は、すべて訴外省三及び同圭介に議決権の行使を一任していた。このようにして開催された社員総会において、被告会社継続に関する決議がなされたものである。

(二)  商法第一四七条により準用される同法第九五条第一項によると、存立期間の満了による場合は、社員の全部又は一部の同意をもって会社を継続することができ、この場合同意をしなかった社員は、退社したものと看做されるところ、原告が会社継続に反対してきたことは前記のとおりであり、訴外平田義人外二名の有限責任社員は、名義上のものにすぎず、原告と一心同体であったから、同人等が会社継続に反対であることもまた明らかであった。したがって残存社員の同意により会社継続の決議をなすことは適法且つ有効であり、同意しなかった原告及び前記三名の社員は退社したものと看做されるのである。なお、右のようにして唯一の無限責任社員である原告が退社したため、同法第一六二条第一項の規定により解散事由を生じたが、同項但書の規定に従い、同日の決議により従来の有限責任社員である訴外省三、同圭介同ヨシコを無限責任社員に変更し、その他の有限責任社員は、出資持分を増加した訴外小寺を除きすべて退社した。

以上のように本件被告会社継続の決議は、商法の規定に則った適法且つ有効なものである。

(三)  原告は、前記社員総会が招集権者でない訴外省三によって招集され、且つ訴外平田義人等前記三名に招集の通知をしなかった瑕疵があると主張するが、前記三月一八日訴外省三は、原告に対し総会を招集する旨を告げた上、原告の名において招集したものであり、原告の意思に反して招集したものとしても、原告は、商法第九五条、第一六二条により退社しているので、残存する有限責任社員による招集手続は違法でなく、また訴外平田義人等三名の有限責任社員に招集の通知をしなかったとしても、同人等は、節夫の持分のために名義を借りた名目上の社員にすぎないのであるから、決議の瑕疵を来すものではない。

三、仮りに前記決議に瑕疵があったとしても商法第二四七条によると、株式会社においても、総会招集の手続又はその決議の方法が法令又は定款に違反し、もしくは著しく不公正なときにおいてすら決議取消の原因たるにすぎず、決議の当然無効を来すものではない。しかも右取消の訴は、決議後三月以内に提起されない限り、決議は完全に有効となるものである。したがって、本件において原告の主張するような理由による決議の不存在又は決議無効確認の訴は許されない。

四、仮りに以上の主張が認められないとしても、昭和三四年一二月二日宇部市堀部旅館において原告夫婦、訴外省三、同圭介、同小寺及び原被告等の親戚である訴外白川勝郎、神野茂等立会の上、種々折衝した結果、原被告間に示談が成立し、翌三日、原告の主張するような公正証書が作成された。すなわち、右公正証書の第壱条の壱に「乙(原告)は、昭和三三年四月七日付会社継続の社員総会の決議を承認して退社し、その持分の払戻を受ける権利を放棄すること」と明記されているのであって、右のように原告は、決議が有効であることを認めて退社したものであるから、右決議の瑕疵を主張する法律上の利益を有しない。また、異議を述べる権利を放棄することにより反対給付として金百万円を受領しているのであるから、右決議に瑕疵があるとしてもこれを追認したものである。

立証≪省略≫

理由

一、原告が昭和二二年一一月一日以来昭和三三年四月七日頃まで当時合資会社であった被告会社の唯一の無限責任社員であり、原告の異母弟訴外省三、同圭介、原告の叔母であり継母である訴外ヨシコ及び原告の妹婿である訴外小寺がいずれもその有限責任社員であったこと及び右昭和三三年四月七日右省三外三名の有限責任社員が他の一部の有限責任社員と右省三方において会合し、同所で被告会社の継続とその存続期間の外、訴外省三、同圭介及び同ヨシコを無限責任社員とする旨を定めた上、同月一一日付をもって原告の主張するような被告会社の継続と原告及び訴外平田外二名の社員の退社の登記(以下単に会社継続等の登記という)をなしたことは当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によると、被告会社は、当時その存立期間の満了により解散事由を生じていたことを認めることができる。

二、原告は、右会社継続等の登記が前記昭和三三年四月七日開催された社員総会の決議(以下単に会社継続等の決議という)に基くものであるとした上、右総会は、唯一の無限責任社員であり、したがって総会招集権者であり且つ総会主宰者である原告の招集によらず、訴外省三等が任意に司会したものであるから、右総会においてなされた決議は、被告会社の社員総会の決議ではなく、右社員総会の決議は不存在であると主張する。

しかしながら、合資会社の機関としての社員総会は、実定法上存在しないのみならず、商法第一四七条によって合資会社に準用される同法第九五条第一項によれば、合資会社の継続については、社員の全部又は一部の同意があることで足り、右同意に関しては、何等の形式も要求されていないから、特定の招集権者の招集により社員の全部が一定の日時に一定の場所に会合した上、決議という形式で同意、不同意を明らかにすることを要しない。もっとも、合資会社が定款によって社員総会に関する定めをなした上、会社継続をその決議事項とした場合は、法の強行規定ないし公序良俗に反しない限り右定款に基いてこれをなすべきものと解されるが、右のような定款の定めがあることは原告の主張するところではないのみならず、仮りに右のような定めがあったとしても、実質上組合たる性格を有する合資会社の社員総会について、株式会社における株主総会の決議無効確認訴訟に関する商法第二五二条の規定が準用されると解すべき実質上の根拠はないから、その場合でも決議が無効ないし不存在であることを前提として現在の法律関係を主張すれば足り、訴をもってその無効ないし不存在を主張する必要はないものというべきである。

(なお、被告会社は、合資会社に株式会社の決議取消の訴に関する商法第二四七条、第二四八条の準用があることを前提として訴提起の期間を経過したと主張するが、右のように現在の法律関係を主張する前提として、いつでも決議の不存在ないし無効を主張し得ると解すべきであるから、被告会社の右主張もまた失当である。)

三、原告は、前記会社継続等の決議が不存在もしくは少なくとも無効であることを前提として会社継続等の登記が実体に符合しないものだと主張するが、その訴旨は、要するに原告及び訴外平田外二名の社員を殊更に除外した一部有限責任社員の同意だけでは、会社継続の効果を生ずるものではなく、また原告外前記三名の社員が退社する効果を生ずることもないから、右会社継続等の登記はその実体に符合しないものだと主張するにあると解されるので、以下右の趣旨において判断する。

合資会社の存立の時期が満了し、すでに解散事由を生じている場合に、社員の全部又は一部の同意によって会社を継続することができることは、前記商法第九五条第一項本文の規定によって明らかであるが、同項但書がその反面において同意をしなかった社員は退社したものと看做される旨を規定しているところからすれば、会社継続については、社員の一部の同意だけでは足りず、その反面において他の社員の不同意を要件とするものと解すべきである。

換言するならば、他の社員の同意、不同意が明らかでないまま社員の一部が会社継続に同意したからといって、直ちに会社継続の効果を生ずるものではなく、また他の社員の意思が明らかでない以上、不同意の故をもって退社したものと看做し得ないことも多言を要しない。

これを本件についてみると、被告は、訴外省三等がかねてから再三会社継続の決議を要する旨を原告に進言したが、原告がこれに反対し、訴外省三等の進言を聞き入れなかったので、やむなく訴外省三等が原告に対し日時場所を指定して会社継続等に関する決議をするための社員総会を開催する旨を伝えたと主張するが、当時原告が被告会社の継続について同意しなかったことを認めるに足りる証拠はなく、また右のようにして予告された会合に原告が出席しなかったからといってそのことから直ちに原告が会社継続に同意しなかったものとも速断し難い。また、被告は、訴外平田外二名の有限責任社員は、名義上のものにすぎず、原告と一心同体であったから同人等の会社継続に反対の意思も明らかであったと主張するが、訴外平田外二名の有限責任社員が単に名義上のものにすぎなかったと認めるに足りる証拠はなく、また同人等が会社継続に同意しなかったことを認めるに足りる証拠もない。

そうだとすると、訴外省三等は、原告及び訴外平田外二名の社員の会社継続に関する意見が明らかでないのに、会社継続について不同意であるとの一方的な推測のもとに、右四名を除外したその余の有限責任社員のみで会社の継続を定め、右四名が会社継続について同意しなかったものとして退社したものと看做し、前記会社継続等の登記をなしたものと認める外はない。

四、原告が昭和三三年一〇月一〇日被告会社を相手方として前記被告会社継続決議の無効確認を求める訴訟を山口地方裁判所宇部支部に提起したこと、昭和三四年一二月二日頃原告と被告会社との間で右訴訟に関連して和解する旨の約が少なくとも一応成立したこと(但しその内容については争いがある)及び翌三日原告主張のような内容の公正証書が原告と被告会社との間で作成されたことは当事者間に争いがなく、右事実からすれば、反証のない限り前記昭和三四年一二月二日頃原告と被告会社との間で右公正証書に記載されたような内容の和解契約が成立したものと推定すべきである。

そうすると、原告は、前記会社継続等の決議を承認して退社し、その持分の払戻を受ける権利を放棄した上、今後被告会社と関係がないことを確認したことが明らかであるから、前記会社継続等の登記がその実体に符合しないため無効であるにしても、被告会社との間で右登記の抹消を求める本件訴に関しては当事者適格を有しない。

また、原告は、右のようにして退社したばかりでなく、被告会社を相手方として提起した前記社員総会無効確認訴訟を取下げ、かつ被告会社と一切関係のないことを確認し、被告会社に対して不利益な行為をしないことを約したことが明らかであるから、これによってみれば、右和解契約について解決された事項に関しては、異議を述べる権利を放棄したものというべく、右放棄した権利が自由に処分し得ない権利とは解し難いから、右のように異議権を放棄した以上、もはや原告は、本件会社継続等の登記の抹消を求めるについて法律上の利益を有しないものというべきである。

五、原告は、本件公正証書作成当時単に代金一〇〇万円で被告会社に対する持分権を放棄するものとのみ信じ、右公正証書において原告から被告会社に無償で譲渡することと定められた土地は、当時の価額にして金四〇〇万円の価値があり、これを無償で譲渡するようなことは、原告の夢想だもしなかったところであるとして、公正証書による和解契約には、要素の錯誤があると主張するが、本件全証拠によるも右のような事実を認めるに至らない。

六、また原告は、本件公正証書作成当時和解契約を締結するについてその利害得失を判断する能力を欠いた状態にあったから、本件公正証書による和解契約は、無効であると主張するが、≪証拠省略≫によると、当時原告に軽度の精神障害が存していたにしても、意思能力を欠く状態にあったものとは認め難く、外に原告の右主張を認めるに足りる証拠はない。

七、次に原告は、訴外省三が被告会社の無限責任社員でないにも拘らず、同訴外人を被告会社の代表者として締結された本件公正証書による和解契約は無効だと主張する。

よってこの点について考えてみると、本件公正証書が訴外省三を被告会社の代表者として作成されたものであることは当事者間に争いがなく、被告会社は、原告及び訴外平田外二名の社員が会社継続に同意しなかったので残存社員の一致した意見により会社を継続するとともに、訴外省三外二名の有限責任社員を無限責任社員に変更したと主張するが、右三名の責任の変更について原告及び平田外二名の社員の同意を得ていないことは、被告会社の主張自体明らかである一方、原告及び訴外平田外二名の社員が会社継続に同意しなかったとは必ずしも認め難く、したがって同人等が退社したものと看做し得ないことは前に説示したとおりであるから、訴外省三等三名の責任の変更については、一部社員の同意を欠くものといわなければならない。ところで、合資会社における社員の責任の有限又は無限の別は、定款記載事項であるから、その責任を変更するにあたっては、総社員の同意を要するものと解すべきところ、右省三等三名の責任の変更は一部社員の同意を欠くためその効力を生ずるに由なく、したがって本件公正証書作成当時において訴外省三は、被告会社の代表者たる地位を有しなかったものとする外はない。

しかしながら、原告と被告会社ないしは訴外省三等との間で本件会社継続等の決議、したがってまた訴外省三等の代表権をめぐって争いがあり、当時訴訟にまで発展していたことは当事者間に争いがないから、原告は、本件公正証書作成当時訴外省三等に代表権のないことを知りながらこれを代表者と認めて本件公正証書を作成したものと認めて妨げなく、このように代表権のないことを知りながら被告会社にその効果を及ぼす意思で右のような形式をとった以上、これを無効としてまで表意者を保護する必要はないから、仮りに無効だとしてもこのような主張を許すべきではない。

のみならず、本件においては、訴外省三等三名が事実上もまた被告会社の無限責任社員としてその経営の衝にあたってきたことは、弁論の全趣旨によってこれを認めることができるところ、右のように、事実上もまた登記簿上も代表者とされている者との間で代表権の存否をめぐって争いがある場合には、右の紛争の解決は、終局的には裁判所の最終的判断による外はないが、これを訴訟外で解決するため右代表者を真正な代表者と認めて被告会社との間で和解契約を締結する以上本件のような形式をとることもまた適切妥当というべきであり、被告会社の側においてもこれを追認しもしくは拒絶する余地もない。原告の論理を推及するならば、訴外省三等三名の代表権を否定しながら同人等を代表者として提起した本件訴そのものが不適法であり、このような判決は(同人等の代表権が否定された場合は)何等の効力を生ずるものではなく何時でも再審の訴によって取消されるべきこととなろう。

八、そうすると、原告の本件訴の中社員総会の決議が不存在であることの確認を求める部分及び会社継続等の登記の抹消を求める部分は、いずれもこれを却下すべきであり、また本件公正証書を無効と解すべき理由はなく、右公正証書によれば原告がその主張の土地を被告会社に譲渡したことが明らかであるから、原告のその余の請求は、いずれもこれを棄却すべきである。

よって訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 茅沼英一)

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